トップバーテンダーが語る
「ネグローニ」 #05

The Bellwood
鈴木 敦

海外生活が長い店主の和モダンなバー

当店は、大正時代のカフェーや特殊喫茶と呼ばれていた業態をコンセプトにしています。
カフェーとは、当時のハイカラな芸術家や文化人たちの社交場で“お酒と料理を楽しめるバー”のことです。
その雰囲気を再現しながら、現代のトレンドも取り入れて再構築したのが「The Bellwood」です。

元々は日本らしくて古いものが好きなんです。
それで歴史を調べると、日本人バーテンダーがカウンターに入って日本人ゲストにお酒を提供し始めたのが大正時代あたりであることを知りました。
和と洋を織り交ぜてカクテルを振る舞うバーテンダーの姿ってすごくかっこいいなと思ったのが、この店のコンセプトを決める上での始まりでした。

僕は生まれも育ちも東京の葛飾区で、この業界に入ったのも葛飾区の金町というところにある小さいショットバーで働き始めたのがきっかけ。
当時は具体的になりたい職業がなくて、漠然とかっこいいことをやりたいと思っていました。
それでパッと頭に浮かんだのがバーテンダー。本当にそれがきっかけで、地元にあるバーのスタッフ募集広告を見てバーテンダーとして働くことになります。
そこからこの世界が好きになってしまって、ずっとバーテンダーです。

金町で働き始めた後、六本木のハイボリュームバーや丸ノ内のジャズクラブ、恵比寿にあるオーセンティックバーなどを転々としながらバーテンダーを続けていたのですが、ちょうど24歳の時、海外への興味があり、単身でニューヨークへ渡米しました。そこでは縁あって「Angel’s Share」というバーで約2年くらい働き、現在のビジネスパートナーでもある後閑とも出会いました。

その後、海外でチャレンジしたいという気持ちがまだ強かったので、イギリスのロンドン、カナダのトロントに渡るのですが、トロントでの生活が2年ほど経過したあたりで後閑に誘われ、当時オープンしたばかりの「Speak Low」というバーのヘッドバーテンダーとして誘われ上海へ。

そこからはずっとSG Groupにいるのですが、次のチャレンジとして「独立して自分の店をもちたい」という思いがあったので、周りの方々に協力してもらい2020年6月にSG Groupの1店舗として初めての自身プロデュースによる「The Bellwood」をオープンしました。

衝撃を受けたエイジドネグローニ

ネグローニはすごくツイストしやすいカクテルですよね。世界中どこへ行ってもツイストしたネグローニがありますから。
先日メキシコにゲストバーテンディングで行ったのですが、世界中から集まった6店舗のバーのうち4店舗がネグローニのツイストを提供していました。僕もネグローニを持って行きました。
改めてバーテンダーにとって馴染み深いカクテルだと認識しましたね。

個人的に一番衝撃を受けたのは、2014年あたりだったと記憶していますが、いきなりエイジドネグローニが出てきたことですね。
それまでネグローニと言えばクラシックスタイルでしか飲んだことなかったのに、突如として樽の中でエイジングしたネグローニやカウレザーで熟成させたネグローニが現れて。
それからココナッツで熟成したり、スモーク香を足してみたり、いろんなエイジングを見かけるようになって、ネグローニの可能性を感じましたね。

ネグローニは100年以上のヒストリーをもったカクテルで、クラシックカクテルとしてみなさんに愛されてきたと思うのですが、それを“エイジングさせる”ことで発展させていく様を目の当たりにして、今っぽさと言いますか、新しいネグローニの時代が始まった感じがしました。

今のネグローニのトレンドは、やはりご当地食材を使うことではないでしょうか。日本だったら和素材を使ったり、海外では日本にない素材が使われていたり。
「こういう組み合わせもありなんだ」とすごく参考にしています。

縁の下の力持ち

カンパリの特徴は、絶妙な甘さと苦みのバランスですね。当然ですが他のブランドでは代用がききません。
意外とモタっとしているのですが、そのモタつきがすごく良い方向に働くんですよね。
しっかり馴染ませればサラっと飲みやすくなるのもカンパリの特徴だと思いますし、自由自在に変形してくれるからバーテンダーが愛用するのではないでしょうか。

例えばネグローニを作る時に、ジンに何か香りを付けたり、副材料を加えて混ぜてもしっかり馴染んでくれます。
アレンジしてもカンパリの存在感はしっかり残りますし、これがすごく強みですよね。
「縁の下の力持ち」というか、どんなカクテルにしても“カンパリ、入ってますからね”と言ってくれる、安定感をもたらす存在です。

大切なのは続けること

ネグローニ・ウィーク、すごく良い取り組みだと思います。カクテルやバーテンダーという職業を通じて社会に貢献できるのは参加しているだけで嬉しいことですし、積極的に取り組んでいきたいという気持ちでいます。

ネグローニは、僕が海外に渡る前はそんなに耳にすることはなかったのですが、日本に戻ってきてネグローニという言葉を聞く機会がとても多くなりました。10年続くネグローニ・ウィークによって日本にも確実に浸透していきているのではないでしょうか。
海外のお客様だけではなくて、日本人のお客様からも「こんなネグローニはできますか」といったオーダーをされることも多くなりましたので、このネグローニ・ウィークはそういった方たちにも受け入れられやすいイベントだと思いますね。
ネグローニ・ウィークをきっかけに、ネグローニ好きな方たちやバー好きの方たちが知らない層にどんどん伝えていくような連鎖反応も起きてくると思うので、毎年少しずつ積み重ねていくことで、この素晴らしい活動やネグローニというカクテルが広まっていけば良いなと思っています。

発酵を取り入れた新しいネグローニ

ネグローニ・ウィークというタイミングで、ネグローニの新しいアプローチをできないか考えて生まれたのがこの「ニューグローニ」です。「新しい(NEW)」と掛けています。
ネグローニはお酒が得意ではない方からすると、アルコール度数の高さもあって少し飲みづらいと思うのですが、そういった方にも楽しんでいただくことをイメージして開発しました。
副材料を加えることによって、カンパリ、ジン、ベルモットだけでは表せない複雑味と新しさを出せたらと思い、今回発酵材料を使っています。
スイートベルモットをドライベルモットに変えて、少し口当たりを軽くして甘みを抑えました。そこにブルーベリーとビーツの発酵ジュースに、洋梨のジュースを少し加えています。それによってアルコール度数を下げています。

ネグローニの強いアルコール感が苦手な方には、フルーティーさが加わることで飲みやすくなっているところと、普段からよくネグローニを飲む方にも、独特の発酵感やビネガーの感じを味わっていただけますので、新しい発見があると思います。ぜひチャレンジしていただきたいですね。
アルコール度数を軽めに調節してありますので、アペリティフでもディジェスティフでも食中でもオールデイでお楽しみいただけます。

発酵は昔から日本にある保存法なのですが、最近では、冬が長く食べ物を保存するために発酵文化が栄えている北欧の料理が世界中に知れ渡ってトレンドになっています。
日本独自の発酵技術や北欧の発酵技術をうまく合わせてバーテンダーらしい創作をするのがスタンダードになりつつあるんです。
発酵し終わったブルーベリーやビーツも捨ててしまうのではなくて、そこから丁寧にブレンダーに掛けてジャムにしています。
そのジャムを、駄菓子屋で小さい頃に食べていたミルクせんべいに挟みガーニッシュとして添えているのですが、材料を無駄にせず全ておいしく召し上がっていただくというところも念頭に置きながら作りました。

サステナブルな時代ですので、こういうことも当たり前にやっていきたいですよね。

鈴木敦の「発想の源」

これ使えるな、と思ったらすぐに取り入れたりするのですが、今お店で出しているカクテルメニューは日本の懐石/会席料理から着想を得た、「Cocktail Kaiseki」をテーマに構成しています。
懐石は「先付け」というカテゴリーからコースがスタートしますので、ライトでリフレッシングなカクテルを6種類ほど最初のページにご用意しています。
「焼き物」のカテゴリーだったら、焼き材料を使ったカクテルを3種類ほどご用意してみたり。
こういったアイデアは、普段から何かを食べたり、見たりしたときにヒントを得ているかもしれません。

あとは、今SNSでいろんな情報に触れられるじゃないですか。
面白そうなものを見つけたら、何かに応用できそうか考えますね。
いろんなところからインスピレーションは受けていると思います。

反対に、意識的に何かを探しに行くということができないんです。

ネーミングなどもそう。お笑い番組を参考にすることだってあります。
見聞きしたことに一度興味をもってみる感覚は大事にしたいと思いますね。
海外に行く機会もありますが、その国にはもう2度と行けない可能性もあるので、毎回必ず最低でも1つや2つは次につながる新しいアイディアのネタになるものを持ち帰るようにしています。先日行ったメキシコでもそうでしたね。現地はどんなカルチャーで、どんなローカルフードがあって、どんな遊びが流行っているのか、必ず見ます。

海外の行った先々で毎回現地の方に聞くことがあります。それは「(現地語で)僕が発したら一言で笑いが取れる言葉は何ですか」という質問です。
出てくるのは大体汚い言葉なのですが、海外から来た僕がそれ言うと絶対笑われるような。
例えば海外の方が「ヤバイでしょ」っていきなり話し始めたらちょっと笑うじゃないですか。どこでそんな言葉覚えたの、みたいな。
海外で聞いた面白いワンワードがカクテル名になったりすることもありますよ。

ORIGINAL NEGRONI RECIPE
NEWGRONI –
ニューグローニ


Gin 20ml
Campari 10ml
Dry Vermouth 10ml
Fermented Beets, Blueberry & Pear 30ml

ATSUSHI SUZUKI - 鈴木 敦

1984年、東京都葛飾区出身。高校卒業後、都内のバーで経験を積み、24歳で渡米。ニューヨークの名バー「Angel’s Share」で、現「SG Group」ファウンダーの後閑信吾氏と出会う。さらにロンドン、カナダでバーテンディングを研鑽。2013年にはトロントで開催された「Buffalo Trace Cocktail Competition」で優勝。2016年、現在のパートナーであり、「Speak Low」を開いた後閑氏から上海でのヘッドバーテンダーのオファーを受け中国へ。同年、欧州スペシャルティコーヒー協会によるコーヒーカクテルの大会「World Coffee in Good Spirits」の審査員を務める。2017年「Sober Company」が上海にオープンし、自身も本格的にコーヒーカクテルを向き合うように。同年、中国代表としてCHIVAS Mastersに出場し、世界大会で優勝を飾る。2018年、「Bellwood Experiment Inc.」を設立し、2020年、東京・渋谷「The Bellwood」を開店。

|The Bellwood|
住所/東京都渋谷区宇田川町41-31
営業時間/18:00~翌2:00
URL/https://www.instagram.com/the_bellwood/
問い合わせ/☏03-6452-5077