トップバーテンダーが語る
「ネグローニ」 #01
BEE’S KNEES
有吉 徹
テーマは「Speakeasy」
100年前のアメリカの禁酒法時代のニューヨークのバーがテーマのお店です。
入り口には「THE BOOK STORE(本屋)」と書いてあったり、蜂のロゴが入ったマットが敷いてあったり、店名は一切出さない。完全な「Speakeasy*」を演出しているバーです。
「BEEʼS KNEES」という名前も、禁酒法時代に生まれた、ジンとレモンと蜂蜜で作るクラシックカクテルが由来です。
オープンする5、6年前の「The World's 50 Best Bars」に選出されているバーの多くが、カクテル名を冠した店名だったのを見て「もしお店をやるんだったらカクテルの名前をつけたい」と思っていたのもきっかけです。そこで禁酒法時代に流行っていたカクテル名を選んだというわけです。
個人的に海外を常に意識しているのですが、僕が実現したいことを次のステージに進めていくためには、東京だと街が大きすぎて埋もれてしまうと思ったんです。
世界中を巡る中で、京都が良いと思いました。
街のサイズ感も小さくほど良いですし、何より京都は世界的な知名度が高い街なんです。海外からの旅行客が日本でどこを目指すかと言ったら東京じゃないんですよね。大阪でもない。
京都なんです。
ですが京都らしい、日本らしい内装ではなく、あえて真逆のSpeakeasyというコンセプトを当ててみたんです。
僕たちが海外に行った時に、日本食を食べたいとか、日本のテレビ番組が見たいと思うのと同じで、海外の方が日本にいながらもライフスタイルを変えずに楽しめる場所を作りたいと思い、ここ京都に立ち上げました。
実際、京都ってナイトライフがそんなに盛んではないので、海外の方が楽しめるバーいうところで、当店やレスカモトゥールさんが受け皿なっているっていう感じでしょうか。
*アメリカの禁酒法時代の潜りの酒場のこと
サッカー選手になることが夢だった
僕が海外を意識している理由は、小さい頃の夢にあるんです。
三浦知良選手が今でも僕のスターなんですけど、サッカー選手になりたかったんですよね。
幼稚園の時からサッカーをやってまして、三浦選手の影響もあってサッカーの本場・南米に憧れて15歳の時にウルグアイにサッカー留学しました。
それが最初の海外経験ですね。
そこから時を経て、サッカー選手になるために入団テストをいくつも受けたんですけど、うまくいかず。
それで20歳になって、ちょうど2002年のワールドカップが開催された年だったと思うのですが、最後のチャンスだと思って地元・千葉のジェフユナイテッドの入団テストを受けたのですが、結果はやはりだめで。
そのままヨーロッパへ放浪の旅に出たんです。
バックパッカーで、ヨーロッパを2周くらいしたと思うのですが、その旅でバーテンダーを知ることになるわけです。
ヨーロッパはどの国に行っても、お酒を飲める場所があってそこにはバーテンダーがいて。
クラブに行ってもバーテンダーがいて、本当に格好良いんです。
サッカー選手になりたいという夢は叶わなかったんですが、今度はバーテンダーという職業に憧れをもつきっかけとなった旅でした。
それから帰国して、舞浜にある元々働いていたアメリカンレストランバー「レインフォレストカフェ」に、バーテンダーとして働きたいとお願いしてカウンターに立つのですが、それが僕のバーテンダー人生の始まりとなりました。
フレアバーテンディングに出会ったのも大きいですね。
24、5歳くらいの時に初めて「TGIフライデーズ」でフレアバーテンダーを見て、かっこいいなと思って独学でボトルを回すようになりました。完全な独学です。
26歳の時にはフロリダの世界大会に一人で勝手に行ってみたり。
そこからずっと海外に行っては帰りの繰り返しという感じです。
海外志向が強いのは、そういった背景からです。
苦味は旨味
ネグローニは、どの国のバーに行ってもメニューに載っていますね。人気カクテルであることは明らかです。
僕たちも海外でゲストバーテンディングするときは、必ずネグローニの日本風ツイストを持って行きますし、それくらいカクテルとしての知名度も高いと思います。
「BEEʼS KNEES」で働き始めて学んだことがあって、カクテルオーダーを迷っている海外のお客さんに「どんな感じの味わいが好きなの?」と聞くと必ず“ビター”と表現されるんです。
「旨味」ってことなんですよね。
日本語の「苦い」とか「焦げ」のような表現じゃないんですよ。
彼らの中でそれは「旨味」なんです。
そういう味覚の繁栄がある海外で、ネグローニが評価されるのは納得です。
カンパリの旨味というのはやっぱりビターな部分だと思うので、僕がネグローニを作るときはその味わいを活かした素材の組み合わせだったり、その苦味をいかにお客さんにおいしく味わってもらえるかを考えますね。
苦すぎると好まれない傾向が日本にはあると思いますので、そこに甘味だったり様々なフレーバーを加えることでバランス良く作るようにしています。
ローカル素材が特別感を生む
ネグローニ・ウィークに僕がおすすめしたいネグローニは「ほうじ茶ネグローニ」です。
世界中でトレンドのチョコレートやコーヒーを使用しています。味がしっかりまとまってくるんですよね。
あとは、そこにローカルの素材を加えてみました。「ほうじ茶」ですね。
この前インドに行ってきたんですけど、インドのバーでもローカル素材を使ってうまくツイストしていました。やはり他では味わえないものって特別じゃないですか。ちょっと飲んでみたくなるというか。
そのバーのシグネチャーとしてのネグローニって、ちょっと楽しみですよね。
僕もいつもネグローニからスタートです。必ずメニューにありますし。
広まるお酒を通じた社会貢献
ネグローニ・ウィークは始まった時から知っています。海外にバーテンダー仲間がたくさんいるので、SNSでそのことを知りました。特にシンガポールは、参加に積極的な店が多かったと記憶していますが、ずっと良い取り組みだなって思っていました。
横浜にある「ニュージャック」という系列店でも代表の山本がいち早くネグローニ・ウィークに参加していました。
ネグローニ・ウィークだけではなく、Asiaʼs 50 Best Barsの方でもドネーション企画に参加させていただきました。
コロナ禍で経営が苦しいレストランやバーの救済のために、参加店舗がレシピやメニューを売ってその売り上げを基金に充てるというものでした。
これらの活動は、絶対にバー業界にとって良い作用をもたらすと思っています。
どうしても日本人的思考だと、バーやお酒はネガティブに思われる部分があるのですが、そんなバーやお酒でも社会に貢献することができると示してくれるこの取り組みは素晴らしいと思いますね。
プロセスが重要
ネグローニは今後ますます広がっていくと思います。
ただ日本人の場合、僕は必ずどの分野でもステップアップが必要だと思うので、ネグローニがいきなりメジャーになるのは難しいかもしれません。
プロセスを大切にしないと一般の方に広がっていかないと思います。
日本人が好きなものと言ったら、フルーツのような甘味が感じられるものだと思うので、分かりやすくガリバルディからおすすめしてみるとか。おいしいものを提供してあげた方が、ネグローニにステップアップしやすいような気がします。
2012年頃、イタリアに行った時にアペロールスプリッツがすごく流行っていて。昼間からみんな飲むんですよね。
当時アペロールスプリッツを日本で飲んでいる人なんてほとんどいませんでした。
でも今はよく見かけるようになってきました。
やはりそれはグビグビ飲みやすいから、広まっていったと思うんです。
そういうスタートアップから始めていけば、もっとネグローニも広がっていくのではないでしょうか。
「カンパリは苦い」という固定概念を持っている日本人は多いと思います。
それを払拭するためにはどうすれば良いかと言ったら、やっぱり「おいしいものを提供する」ことだと思います。
海外経験が豊富なバーテンダーも増え、日本のバーシーンもようやくワールドスタンダードに近づいてきました。
僕たちプロのバーテンダーがブランドのみなさんと手を取り合って、イベントなどを通じて発信してくことで、ネグローニを飲む文化が少しずつ根付いていくのではないでしょうか。
有吉徹の「発想の源」
自分で言うのは恥ずかしいんですけど、この世界を知れば知るほどミクソロジーがすごく楽しくなってしまって。
「エル・ブジ*」をきっかけに、レストランやそこで働くシェフやパティシエが大好きになって、毎日必ず料理や世界のレストランのリサーチをしています。
今は1時間もあればスマ―トフォンでいろいろなことを調べられますよね。
Instagramで興味があるミシュランやThe World's 50 Best のレストランのアカウントを見たり、フォローしたり。シェフやパティシエが使っている素材とか、料理の色味とかをバイブル的に参考にさせてもらっていますね。
そこから「あの素材は何だろう」と思えば必ず調べてノートに記録します。そうすることで、引き出しがたくさん作れるんです。
その引き出しは、実際にカクテルを作る時にとても役に立ちます。
そうやってプロダクトを生み出していくのは楽しいです。
僕がバーテンダーとして心掛けているのは、楽しく働くということです。
こちらが楽しく働いていたらお客さんにも必ず伝わります。
それがさらにお客さんからお客さんに伝わって、知らないお客さん同士が普通に会話し始めたりして。
そういう「1つになれる空間」を作りたいなぁと毎日思っています。
「おいしかったなぁ」「また来たいなぁ」「カクテルってこんなに楽しいんだなぁ」って、1人でも多くのお客さんにそう思って帰ってほしいです。
*スペインで「世界一予約が取れないレストラン」と呼ばれていた伝説のミシュラン三つ星レストラン