トップバーテンダーが語る
「ネグローニ」 #03
MIXOLOGY HERITAGE
伊藤 学
引き継ぎ、繋いでいく
オールドボトルと呼ばれる20年以上前のお酒、50年前や80年前のお酒も当店では取り扱っているのですが、アンティークの味が好きな私としては、そういったお酒が壊れて無くなっていく様が少し寂しいなと感じていました。どうにか復活させたり現代のお酒とブレンドしたりしながら引き継いでいけたらという思いで、ミクソロジーヘリテージを立ち上げました。
カクテルは禁酒法時代に生まれたものが多いですので、オールドボトルを使って現在のお酒と混ぜて、どれだけその時代の味に近づけるか、そういった先人たちが築き上げてきたものを繋いでいく、その作業を当店では行っています。
私自身がお酒のブレンディングをしていると感じるのですが、カンパリにしてもウイスキーにしても、各時代にブレンダーがいて、そのブレンダーたちがそれぞれの哲学や思いを込めてその時代の味を生み出しているわけです。
店名に入っている「ヘリテージ」は引き継ぐという意味をもっていますので、ブレンダーたちが紡いできた歴史や味を変わりゆく時代に伝えていくこと、師匠から教わったり自分で編み出した技術を今度は弟子たちに引き継いでいくこと、それら全てを繋いでいくことを大切にしているお店です。
長けた連想力によりバーテンダーの道へ
バーテンダーになる前は普通の会社員だったのですが、バー好きの先輩がいて、よく錦糸町のバーに飲みに連れて行ってもらっていたんです。それでお酒好きになって。
その後に「フストカーレン」というバーに通うようになるのですが、今はもうバーテンダーを辞めてしまった目黒竹志さんという方が店主で、いつも良い酒を飲ませてくれるわけですよ。お酒好きならこれ飲んでみな、あれ飲んでみな、と。
そうしているうちに、香りや味についてだんだん分かるようになってきたんです。そんなにリキュールやウイスキーを飲んだことはなかったのですが、もしかしたら連想力に長けていたのかもしれません。
「その鼻と舌を持っているのならバーテンダーはできるからやったらどうだ」「才能あるよ」と言われ、その口車に乗ってしまったわけです。
目黒さんも私と同じくらいの年齢でしたから、自分でもできるのではないかと思い、キャリアをスタートさせました。
ネグローニがその店の良し悪しを決める
苦さに対して日本人が強くなったということもあるのかもしれませんが、若い方でもネグローニは普通に飲みますね。
そういう意味では日本でもようやく認知が進んできたのだと思います。
オリンピック前、当店には海外の方がたくさんいらっしゃって、ネグローニは黙っていてもどんどん注文されていました。
ネグローニがおいしいお店はカクテルがおいしいお店、という考え方があるのかもしれません。
それに加えて「どんなネグローニがこの店にはあるのか」「オリジナルネグローニはどんなものか」など必ず聞かれます。ネグローニにバリエーションを求める方が多いですね。
カンパリ、ジン、ベルモットという3種の基礎的なバランスがありながら、この3種に何かをインフューズしたり、ベルモットをシェリーやポートワインに置き換えたり、ジンをラムで代用しても成立するのがネグローニ。
このアレンジ力によって、様々な味わいが楽しめることから世界で人気になっているのでしょう。
日本人には海外の方ほどの馴染みはないかもしれませんが、以前よりも、カクテルを先入観で判断するのではなく、飲んでみておいしいかどうかで決めるようになってきたと思います。
ネグローニは今後ますます日本に浸透していくのではないでしょうか。
ネグローニでなければできない活動
ネグローニが日本で広まる中で、ネグローニ・ウィークについてももっとみなさんに知っていただきたいですね。
バーテンダーはカクテルを作ることが仕事ですから、1杯を売ることで社会に協力できるというのはバーテンダー冥利に尽きます。
それがこの期間に世界中で行われていて、各国のバーテンダーが同じ目的でネグローニを作っているのだと思うと壮大に感じます。
世界中が普段よりもネグローニを意識的に出していくわけじゃないですか。もちろん飲み手側もたくさん飲むでしょうし。そういう絵を想像するだけで、すごいことだなと思います。
それで寄付もできるのですから、素晴らしい活動ですよね。
ネグローニがみなさんから愛されているから、こういうイベントもできるのだと思います。
認知度の低いカクテルなら「みんなで飲もうぜ」とはなりませんから。
世界中がネグローニで乾杯する様は圧巻でしょうね。
3つの基盤
私にとってネグローニは非常に身近なカクテルです。
手前味噌ですが、弊社スピリッツ&シェアリングには、元々フキノトウのネグローニや玄米茶のネグローニなどのオリジナルネグローニがありまして。
ミクソロジーサロン(お茶とカクテルをコンセプトにした系列店)の立ち上げの時に改めて思ったのですが、ネグローニはカンパリにフレーバリングするとこんなにも変わるのか、と。
玄米茶のような香ばしいものとカンパリは合いますし、コーヒーをインフューズして作るネグローニもロースト香がすごく合います。
ネグローニのツイストにおける基盤が私の中では3つあります。
1つめはロースト香です。香ばしさはカンパリのビターと相性が良いです。
2つめがフルーツですね。カンパリのソーダ割りにピーチリキュールを一匙入れて飲むとフルーティーでおいしいんです。シンプルではあるのですが、南国のパッションフルーツ・ライチ・マンゴー・桃、このあたりを合わせるのは鉄板ですね。非常にカンパリとマッチします。
3つめはお花です。薔薇だったり、ラベンダーだったり、ジャスミンもそうです。華やかな香りと相性が良いと思います。
ネグローニでアレンジをするならばインフューズすることが多いと思うのですが、大概は度数の高いスピリッツ、ジンやラムに漬けた方が抽出が早く、香りも出やすいです。
ただ、例えばラベンダーやジャスミンのような、言ってしまうとうるさい香りの素材は、同じ手法を取ると華やかな香りが立ちすぎてうるさくなり過ぎてしまいます。
ですので、少し刺激の強い素材については、カンパリに直接インフューズしています。
カンパリはアルコール度数が20度台ですし糖度と共に抽出していきますので、味が落ち着きます。
ネグローニを作る時は、カンパリとの相性を考えながら合わせる素材やインフューズの方法を変えるようにしています。
プレバッジによるネグローニ
私のオリジナルネグローニは「ジャスミン・ネグローニ」です。
カンパリにお花の要素を入れたくて、このカクテルを作りました。ここに当店らしさとして、現行品と20年以上前のオールドボトルのブレンドでカンパリを作って、それにジャスミン茶を漬けています。
ただ実は、このネグローニは偶然生まれたものでして。
最初は現行品とオールドボトルのブレンドのカンパリを素材として作っていたんです。
ネグローニ用のバッジをする際に、私が現行のカンパリと間違えて、そこにジャスミン茶を入れてしまいました。
でも試飲してみると「あれ?これおいしいね」となって。
仮にジャスミン・ネグローニをイチから作るのであれば、おそらくジンにインフューズしていたと思います。
しかしながら、カンパリに漬けることで丁度良い味わいになったわけです。
氷を水で洗うこともポイントです。
いきなりアルコールでドスンと押さえてしまうとお茶の感じが立たないんです。漬けた素材がネグローニからすぐに伝わらないとアレンジの意味がありません。
ネグローニを作る時、本来はジンで一度氷をリンスしてから素材をプレバッジしたものと混ぜて提供していたのですが、ミクソロジーサロンでお茶を扱うようにうなってからの経験もあって「やはりお茶は水で洗った方がいい」と仮設を立てて検証したところ、水で洗った方がおいしかったです。
あとは、プレバッジもポイントですね。
当店ではよくやっているのですが、お酒×お酒×お酒のようなカクテルは、ほぼプレバッジしています。ネグローニはその代表格ですね。
通常の1:1:1よりも、ベースを少し多く入れています。カンパリが多い方が、ジンやベルモットが侵食されて馴染みやすくなります。
このプレバッジ力というか、ブレンディング力でかなりネグローニは変わってきます。
混ぜて長く瓶に入れておくとカンパリが勝ってきて、ジンの輪郭がボケてきたりするのですが、そうなったらジンでリンスして氷を作ったり、バッジしたものにジンを5mlくらい足して、修復していく作業をします。
ネグローニを通じて、バッジの楽しさも知ってもらいたいですね。
伊藤学の「発想の源」
私の仕事の基本は「鼻」にあると思っています。舌はそんなに信じていません。とにかく鼻が効くんですね。
ですから、日常ではいろんな香りを感じるようにしています。
東京でも道端に花が咲いていたら香ったりします。癖になっていて無意識にノージングして鼻の奥で少し溜めて記憶する、のような。綺麗な香りと同時に、嫌な香りも記憶してしまいますけどね。
そうやって日常で記憶した香りを頭の中で調合して、お酒に合わせるとどんな味わいになるのかを常に考えています。
当店では月に一度ミクソロジーカクテルのアイデアを出し合うのですが、私は長年クラシックスタイルでやっていますのでゼロイチが非常に苦手なんです。
ですから良い脳の体操として、香りを記憶して味のイメージを具象化していく、そういった訓練を30年やっています。
あとはインスピレーションというよりは、データを記録することはしていますね。
何に何をインフューズしたら相性が良くて、どういう配合にしたらもっとおいしくなるか、とか。
今はスマホがありますから思いついたらすぐメモして、ある程度溜まったら1ヶ月ごとにノートにまとめていくんです。後々、本当においしいのか全て検証するのですが、そこで絞られたものを1つのカクテルとして仕上げていきます。
カクテルを考案する際は舌に頼るだけではなくて、飲む前に香りから味を想像するとか、実証して得られた素材の相性は記録し整理するようにしたら、お客様にイレギュラーなオーダーをされた時でも、脳内でレシピを組み立てておいしいカクテルが出せるようになりますので、訓練の1つとしては良いのではないでしょうか。