次世代をつくるバーテンダーと
「ネグローニ」

南木 浩史 さん
The Society

カクテルの本場で修行

「The Society」は、ホテルバーとしてクラシカルなものから最先端のミクソロジーカクテルまで多種多様なカクテルを提供しています。
日本初のザ・スコッチモルト・ウィスキー・ソサエティ(SMWS)公認バーでもあり、ウィスキーも多く取り揃えています。

普段は、カクテルラボという併設の研究所でカクテルを考えながらお客様にカクテルを提供しています。
万物はカクテルになりうる、というコンセプトのバーです。

僕自身の話をさせていただくと、大学生の頃に単身アメリカに渡りましてニューヨークバーテンダースクールを卒業したところからバーテンダーのキャリアが始まっています。
その後フランスのパリ、イタリア全土を転々としました。
ニューヨークではクラシック文化を、ヨーロッパではミクソロジー文化をそれぞれ主に勉強していました。

バーテンダーになろうと思ったきっかけですが、知り合いのバーテンダーはみなさんしっかりとしたエピソードがあるんですが、僕の場合は全くなくて。
大学での勉強のために書店で雑誌を探しているときに、たまたまカクテルの本が目に入って何気なく読んでみたら、カクテルの美しい写真やかっこいいネーミングに魅せられてしまったんです。
興味をもったのが本当にその出来事で。

大学4年生になったときにほぼ単位も取り終えていたのもあって、師匠である鈴木隆行(現・パークホテル東京 総支配人/バーテンダー)のもとで働いていました。
そこで下積み時代を過ごすのですが、ある日急に師匠からニューヨークへ行ってきなさいと言われたんです。
カクテルの本場はニューヨークだから、まずはニューヨークへ行って本物のカクテル文化を肌で感じてほしいと。

はじめの話に戻りますが、それでニューヨークへ行くことになるわけです。

ニューヨークバーテンダースクールでは、徹底的に実技を叩き込まれました。とにかく速くカクテルをつくるスピードチャレンジとか。
朝9時から夕方5時まで学校あるんですよ。教習所みたいですよね。

筆記で高得点、実技では6分間で20杯カクテルをつくるというようなテストをパスすると卒業ができるというスクールでした。
なかなかシビアな場所ではありましたが、基礎がしっかりと身につきいまにつながっていると思います。

「楽しい」が大切

今回、ネグローニ・ウィークということで、こういった取材のお声掛けをいただいてすごく嬉しいです。
僕たちはプライドをもってバーテンダーをやっていますから、そんな自分の選んだ仕事が誰かのためになるのであれば、より自信がもてるような気がします。

でも、あまり綺麗事に落とし込みすぎない方がいいのかなと思っています。
ネグローニを飲めば飲むほど、もしくは売れば売るほど社会のためになりますよと言うと、お酒は楽しむものという本来のあり方から逸脱していってしまうと思うんです。

僕たちがネグローニで楽しくコミュニケーションをとることが、みんなのためになるという考え方の方が絶対いいと思いますね。
ただ、そうなるとネグローニをはじめお酒を飲めない方が参加しづらくなってしまいそうだから、それこそネグローニのスタイルを柔軟に変形させたり、ノンアルコールで考えてみてもいいかもしれません。

誰でもおいしくカクテルが飲めて誰でも参加できるようになれば、老若男女、大人からお子さんまでみんなで楽しめるイベントになりそうですよね。

多様性あるネグローニ

ネグローニやカンパリの楽しみ方って本当に多様化されていますよね。特に海外では。

台湾ではネグローニにタピオカが入っているものを飲んだことがあります。
タピオカもカンパリ味になっていて、ソーダで割ったり烏龍茶と一緒に飲んだりしましたね。

アメリカだったらコーラのようなスパイスのニュアンスを加えて、コーラ味のネグローニみたいなものもありました。
パリだとキャビアくらいの粒状にスフェリフィケーションしたカンパリをシャンパンでアップして、シャンパンの泡で粒状のカンパリがぐるぐるグラスの中を舞うような、おしゃれなカクテルがあったり。
本場イタリアのズバリアートも大好きなスタイルです。

カンパリを使ったカクテルって、国の特色や食文化に適応しやすいなんだなって思いましたね。
ネグローニが世界中で愛されるのは必然だと思います。

個人的な考えなんですが、ネグローニは日本人が生来おいしいと思うテイストから少しズレていると思うんです。
酒精の強さが苦手だったり、強いハーブとスパイスの感覚が日本人にはすこし馴染みにくい気がして。

でも、こんなに弄れる?ってくらいネグローニは変幻自在なので、ジャパニーズツイストがもっと出てきてもいいですよね。
飲みやすくするためにチョコレートとか使ってみてもいいと思うし、何しても絶対おいしくなります。
何してもおいしいカクテルだから、日本人の好みに合うようなスタイルを僕たちバーテンダーがもっと構築していきたいですね。

でも僕は王道スタイルがすごく好き。
外国、特にアメリカ圏だったりヨーロッパ圏の方たちの考え方は「ネグローニの味わいこそカクテル」と言っても過言ではないくらいですから、海外にいた僕からしてもあの味がツボです。

ネグローニとカレー

僕のオリジナルネグローニにはカレースパイスを使っています。
スパイスネグローニとも言えるんですけど、何でカレーにしたかっていうと、単純にスパイスカレーがすごく好きで。

カレーを食べていると、いつもネグローニが飲みたくなるんですよね。
ほら、カレーを提供しているバーって結構あるじゃないですか。バーでカレーの香りがするとネグローニの香りと融合する感じがして、これは相性いいんだろうなと思って。

とりあえず合わせてみようという雑なコンセプトでつくりはじめてみたら、全くうまくいかなくて。
自信はあったんですが、完成まで3年はかかりました。

あるスパイスカレー屋さんで、ブルーミングといってオイルにスパイスを入れて焦がさないように熱でスパイスの風味を移すという作業をやっていらっしゃるのを見て。
製法はこれだと思いました。

肝心のスパイスですが、はじめは自分で調合していたんですが、これもまたうまくいかなくて。
そんな中、知り合いのスパイス研究家がブレンドしたスパイスを直感的にオイルに溶かし込んだら、すごく綺麗なカレーに仕上がったんです。
それをジンと合わせてウォッシュしたら、スパイスのきいたおいしいカレーのジンができたんですよ。

完成したと思ったのも束の間、カンパリとベルモットを混ぜたら、今度はスパイスの仕上がりがよすぎてカンパリとベルモットだけでは太刀打ちができなくなってしまったんです。
いろいろ試行錯誤した結果、10種類のスイートベルモットとカンパリを合わせた自家製ビターミックスを加えることでまとまりがうまれ、ようやく完成したのがこのカクテルです。

数百は入っていると思うんですよ、成分でいうと。
想像力だけではだめで、ときには他領域の方の知見も取り入れないと本当においしいカクテルはできないんだなって身に染みた思い出のカクテルです。

もちろん甘さ、リッチさ、それから温度が変わることによって表情がころころ変わるというカンパリの特性がこのカクテルには絶対的に必要で。
このカクテルからカンパリを抜いたら、絶対おいしくならないんです。それこそネグローニと呼べませんし。
やっぱりカンパリって、変わった材料を使ったとしてもちゃんと結びつけてくれる絶対的な安心感があって、そこが一番バーテンダーに愛されている理由なんじゃないですかね。

変化を生きる世代

バーテンダーになって15年以上経つんですけど、僕たちが一番業界が変化していく渦中にいた世代だと思っているんですね。

僕がバーテンダーをはじめた頃って、クラシックカクテルしかない状態に近かった。
バーはオリジナリティーを楽しむ場所ではなかったと思っています。

それから10年経つか経たないかくらいで、もっとチャレンジングでクリエイティブなことをやる、いわゆるミクソロジーがグッと業界の中心に躍り出てきて、みんな一度はどっぷり浸かったと思うんですよ。
そんな僕たちがいま、もう一度クラシックカクテルって大事だよねってところに回帰して最前線にいるわけです。

これってどういうことだったのかなと考えたんですが、クラシックとかミクソロジーとか関係なく時代にあった本当の意味での「おいしい」を日本のバー文化に根付かせていく局面にきているんだろうなって。

お酒に限らず、おいしいと幸せな気持ちになるじゃないじゃないですか。
僕たちはバーテンダーという立場から、おいしいカクテルと日常生活が密接になれば人生を豊かにできるということを伝えていかなきゃいけない世代なのかなと思っています。

イタリアにとってのネグローニ

こんなお話をしてよいのかわかりませんが、実は僕、ネグローニが嫌いだったんですよ。
嫌いというか、初めはおいしく感じなかったんです。

イタリアに行ってネグローニを飲んだとき、アルコール度数が強いし何がおいしいんだって。
舌が未熟だったのもありますが。

でもイタリア人はみんな言うんです。

「いやいや、イタリアにきたらネグローニとカンパリだろ」
「どんなまずいジンやベルモットを使っても、カンパリがあれば絶対うまいんだから」
「お前のつくったネグローニを見せてみろよ」

そんなことを言われながら移動する先々でネグローニを飲んでいたら、イタリア人が言っていることがわかってきてどんどん好きになっていって。
帰国する頃にはネグローニが大好きになっていましたね。

もう1つ、ネグローニを好きになった面白いエピソードがあって。
めちゃくちゃ伊達男のイタリア人バーテンダーが「ネグローニは頑張って飲む酒なんだ」と言っていたんです。

ネグローニは冷やしすぎてはいけない、アルコール度数を落としすぎてはいけない、と。
たまにネグローニをミキシンググラスでステアしてマティーニのように仕上げて提供する店があるけどあんなのはだめだ、グラスの中で混ざっていないくらいがちょうどいいんだ、と。

そこだけ聞くと、飲むと疲れそうなカクテルですよね。

それを女の子とデートしているときに我慢して飲んで「おいしいよね」ってかっこつけることでみんな大人になるんだ、ネグローニというカクテルにはそういう色気があるんだ、という話をしてくれて、いかにもイタリア人っぽいエピソードだったんですけど、その話が妙に刺さって、いまでもよく思い出します。

ネグローニをおいしいと感じたとき、ほんのすこし大人になった気がしました。

ORIGINAL NEGRONI RECIPE
Gastronomy Curry Negroni | ガストロノミー カレーネグローニ

カレージン / Curry Gin 35ml
ビターミックス / Bitter Mix 35ml
乾燥させたバナナ / Dried Banana
ローリエ / Bay Leaf

KOJI NAMMOKU | 南木 浩史

ニューヨークバーテンディングスクール卒業。
大学在学中にニューヨークへ渡りクラシックカクテルを学び、その後ヨーロッパを回りミクソロジーを学ぶ。
Park Hotel TokyoでBar Managerを務める傍ら、各種コンペティションで受賞後、企業とのカクテル創作、シェフとのペアリング、ゲストシフト、セミナー、ツール制作などを行うGastronomy Algorithmを立ち上げ、世界中で活動している。
カクテルは数学のようなものと捉えており、All For The Delicious(全ては美味しいの為に)を信条としている。

|The Society|
住所 東京都千代田区内幸町1-7-1 汐留メディアタワー 25F
営業時間 17:00~23:00
URL https://parkhoteltokyo.com/ja/dining/the-society/
問い合わせ ☏03-6252-1111